東京地方裁判所 平成9年(ワ)10335号 判決
原告 ラン インターナショナル トレーディング コーポレーション
右代表者最高経営責任者 ヴィーヴェック・アール・ラオ
右訴訟代理人弁護士 田中紘三
同 田中みどり
同 田中みちよ
被告 大正繊維株式会社
右代表者代表取締役 山田孝
右訴訟代理人弁護士 赤松俊武
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 原告は「被告は原告に対し、二億〇五三六万七二三〇円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成九年六月一二日から支払済みまで商事法定利率の年六分の割合による金員を支払え」との判決及び仮執行宣言を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。
二 事案の概要及び争点
本件は、原告が、被告から購入した機械(靴下編機)により製造した靴下を被告が全量買取る特約付で同機械を買取ったところ、被告が右特約である靴下の買取義務を履行しないので、同機械買取契約を解除したとして、支払った機械・編み糸・補修部品の各代金一五三六万七二三〇円の返還と、得べかりし利益一億九〇〇〇万円の損害賠償を請求する事案である。
これに対し、被告は、被告が原告の製造した靴下を買取る意向を表明したことは認めるものの、この意向表明は、被告が買取った靴下を転売する目的があったからであって、靴下の柄、品質、市場性などを無視して無条件で買取ることを約束したものではないし、また、靴下買取期間も契約から五年間として、買取の前提として、靴下買取に関する契約書の作成が予定されていたものであったところ、本件では、右前提である契約書が作成されておらず、かつ、原告が買取を要求した靴下の柄、品質、市場性も明確でなかったのであるから、被告が原告の買取申出に応じなかったことは、被告が約束違反をしたことにはならないと主張する。
そこで、本件では、原告と被告との間に交わされた靴下買取約束(被告は、右のとおり、買取の意向を表明したにすぎないものと主張するが、後記のとおり約束、すなわち契約の一種であると認められる)の内容、被告が原告からの靴下買取要求に応じなかった理由が争点となり、これらの点に対する判断の結果、被告が買取要求に応じなかったことが正当性を具備すると認められない場合には、被告が原告の要求に応じなかったことが違法となり、原告の主張する損害金額の相当性が次の争点となる。
三 裁判所の判断
1 当事者間に争いのない事実、甲三五、甲五四、乙六一、乙六三、原告代表者ヴィーヴェック・アール・ラオ及び被告代表者山田孝の各供述によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、アメリカ合衆国フロリダ州タンパに本社を有する会社であり、被告は靴下編機、ナイロン糸及び靴下販売を業とする会社である(争いがない)。
(二) 後記のとおり原告と被告との取引の対象となった靴下編機は、被告代表者が開発して工業所有権を有する半自動靴下編機であり、全自動靴下編機に比べて少ない費用で購入設置ができ、操作、修理、保守が簡単であるため、一般には、設備費用や保守管理費用として膨大な投資を行えないような小規模の家内工業的な生産事業を行う場合に採用されている機械である。そのため、全自動靴下編機と比べると生産性は劣ることとなり、全自動靴下編機で生産されるような無地靴下や簡単な柄物靴下を生産しても市場における競争力がないため、全自動編機で生産できないファッション性の高い靴下の生産に適していることになる。通常は、無地靴下や簡単な柄物靴下は、本件編機の操作技術を習得する段階で練習用に生産されるに過ぎない。
被告は、このような靴下編機を日本国内やインド、中国等の顧客に販売し、この靴下編機を使用して製造されたファッション性の高い靴下を同顧客から買取り、これを卸売していた。この靴下編機の本体は、被告代表者のライセンスのもと、外国(原告との取引当初は中国の上海、その後天津)で製造し、これを日本に輸出して日本で製造するモーター等を梱包した上、被告の顧客に送付することとされていた。
(三) 被告が右靴下編機を顧客に販売する際には、同顧客との間で、同靴下編機を使用して製造した靴下を買取るとの契約書を作成することとしていた。例えば、原告との取引前に行われたインドの会社との右契約書においては、<1>被告の指定した柄物靴下を右インドの会社が製造した場合には、月間三万足を限度として、被告が買取る、<2>その価格は一足一二〇円、<3>右インドの会社は、製造した靴下を、被告にロイヤリティを支払って、被告以外の第三者に販売することもできる、<4>靴下編機の操作に関する技術指導は、原則として日本で行う、<5>右インドの会社が製品をインド等に出荷する際は、被告の指定する検査機関の検査を受け、合格品のみを出荷する、などの記載がされていた(乙一、二)。
(四) 原告の登場
平成五年ころ、原告は、被告の前記営業形態を知り、これに興味を持って被告と連絡をとり、同年秋ころから、原告と被告は取引を開始するための交渉を始めた。この交渉において、原告は、三交代制で二四時間作業態勢を組み、月間三万足を製造したいとの希望を述べていたので、被告は原告に対し、靴下編機二〇台、ステッチング機二台、リンキング機二台(以下、これらの台数の各機械を総称して「本件機械セット」といい、個別の機械を指す場合は「本件編機」などという)の組合せで月産三万足の生産が可能であり、被告としては、このようにして生産された靴下を買取る意向がある旨を回答した。そして、同年一〇月ころ、被告は原告に対し、右取引の契約書案を送付した。同契約書案の骨子は、前記インドの会社の場合と同様に、<1>被告は原告に対し、被告の有する意匠権その他のノウハウを使用して靴下を製造販売する実施権を許諾し、その情報を供与する、<2>原材料は被告から原告に供給し、あるいは被告の承認を得て原告がインド国内で調達する、<3>原告は、靴下製造に必要な機械を購入し、被告はこれを手配する、<4>原告は、インド国内においては、被告の承認を得て、生産された靴下を販売でき、インド国外においては、被告の指定した顧客に対してはロイヤルティの負担なく販売でき、原告の開拓した顧客に対してはロイヤルティを支払って販売できる。ロイヤルティはその都度合意して決める。<5>被告は、原告が生産した靴下を一足当たり一・二五ドルないし一・五ドルで買取り、代金について信用状を開設して支払う。被告が信用状を開設しないときは、被告は原告に売り渡した機械を引き取る、<6>被告は、技術指導を、原則として、日本において行う、<7>契約期間は五年間とする、というものであった(乙五)。原告は、この契約書案に対して質問をしてきたので、被告は、これに答えて、同年一一月八日付の書翰を送付し、原告から買取る靴下について「標準的な価格は、デザインによって、一・二五ドルから一・五ドルの幅である」などと記載している(乙三の1、2)。また、この当時は、原告も、同年末までには契約書に調印すると述べていた(乙四の1、2)。
(五) 平成五年一二月一六日、原告代表者のラオは、被告会社を訪問し、被告従業員が靴下編機を使って作業する様子を見学した後、早急に靴下編機等を船積して欲しいと要求したので、被告は、翌平成六年一月三一日までに靴下編機等の機械を積み出すことに同意し、また、靴下買取については、被告において「約定された五年間に毎月三万足のための信用状を開設することを同意した」ので、これらが記載された了解事項覚書(甲三、甲四)が作成された。また、原告・被告間の契約書については、前記契約書案(乙五)が、契約期間を「調印日より五ヵ年」としていたため、被告のする買取約定の期間も調印日から五年とされてしまうと原告が考え、原告においてこの時点での作成は希望せず、被告もこれを受け入れて、契約書が作成されずに、事態は進行していった。
平成五年一二月一七日、被告は原告に対し、靴下編機(新品)二〇台、スティッチング機械(三ヶ月使用品)二台、リンキング機械(三ヶ月使用品)二台からなる本件機械セットの代金を運賃・保険料込みで一三八二万二九八〇円とする見積書(甲五)を原告に交付し、原告はこれを承諾して、右内容の本件機械セットの売買契約が成立した。この売買代金は、後記のとおり、内金と残金に分けて後日支払われている。
なお、被告は原告に対し、他に、靴下製造用アクリル編み糸一〇五〇キログラムを代金一四〇万二〇〇〇円(運賃、保険料込み)で売却し(甲九)、この代金は後日支払われている。
(六) そこで、原告は、被告から購入した本件機械セットを設置して靴下を製造する会社として、その設置予定場所であるインドのバンガロールを所在地として、平成六年四月二二日付をもって、原告の子会社ラン・エンタープライジズ・プライベート・リミテッドを設立した(争いがない。以下、同社を「現地子会社」という)。他方、被告は、本件編機の製造を中国上海の工場に発注し、平成六年二月には中国政府の輸出検査合格を得、これを日本に輸出して、他の部品を梱包し、インドのバンガロールへの輸出準備を整えた。しかしながら、原告の内金支払が同年五月ころとなり(乙九)、さらに残金支払のための信用状開設が平成六年八月ころになったため(甲八)、結局、日本からの本件機械セットの積み出しは、平成六年八月ころと遅れてしまった。さらに、本件機械セットは、同年九月初旬ころインドのマドラス港に到着したが、ここでも通関手続に手間取り(乙一四)、最終目的地のバンガロールに到着したのは、同年一二月ころとなっていた。
この間、被告は、原告との契約を締結したいと考え、同年四月ころと同年六月ころに契約書案を送付したが(乙九ないし一二)、前記のとおり、靴下買取期間の始期を意識していたためか、原告は、この契約書に調印することはなかった。
また、この間、遅くとも平成六年四月ころには、被告は、原告との約定に従って買取る靴下の柄を、ファッション性の高いスリーダイヤモンド柄(トリプルダイヤモンド柄と称されることもある。以下「スリーダイヤ柄」という)と決めていたが、このことは、そのころ原告にも伝えられており、この点について原告から異議が述べられたことはなかった。
さらに、前記契約書案記載のとおり、被告は、原告と締結する予定の契約において、原告の従業員に対する技術指導を、日本において行うことを原則としていたが、原告からの要請があったので、技術者をインドのバンガロールに派遣する予定を立てていた。そこで、被告は、原告に対し、平成六年九月ころには、この派遣日程等を原告に問い合わせていたが、原告からは、本件機械セットがバンガロールに未着であるから派遣は待って欲しいとの要請があり、また、被告が原告の従業員を日本に招待しても良いと申し出たのに対しても、これを断っている(乙一五ないし一七)。
(七) 前記のとおり、平成六年一二月ころ、本件機械セットはインドのバンガロールに無事到着したので、この連絡を受けた被告代表者の山田は、現地子会社の開始式典への出席を兼ね、現地子会社の従業員に対する技術指導をしようと考え、同月中旬ころ、同様に技術指導ができる被告代表者山田の娘を連れて、インドのバンガロールに赴いた。同所において、被告代表者山田は、現地子会社の従業員が勝手に梱包を解き、誤って組み立てていた本件機械セットを正しく組み立て直し、さらに、現地子会社の従業員に対する技術指導を行った。ところが、現地従業員の多数は技術取得に対する意欲も能力も欠けているように見えたので、被告代表者山田は、優秀な従業員を選抜して、本件靴下編機の操作方法等を教授し、これらの選抜された従業員は一人で本件機械セットの操作ができるまでになった。
平成六年一二月二九日ころ、被告代表者が日本に帰国するとき、原告代表者は、要旨「被告が技術指導を行ったこと、本件機械セットが良好な状態で機能し操作できること」を確認している(乙一八)。しかし、他方で、原告は、現地子会社の従業員の能力に問題があると考えており、右一二月二九日付で、被告に対し、さらに従業員への指導のため技術者をインドに派遣して欲しいと要請し(乙一九)、翌平成七年一月四日にも、同様の要請をしている(乙二〇)。そして、同年一月一一日には、被告に対し、本件靴下編機をさらに一五台買い増ししても良いと考えているが、もしアメリカ合衆国で靴下の売却が可能であるならば、さらに四〇台購入する準備もあると書き送った書面中で、インドの作業員は物覚えが大変悪く、現時点で研修したことを覚えてないと言ってるなどと愚痴をこぼしている(乙二一)が、同様のインド人従業員の能力への愚痴は、同月一九日付書面中でも繰り返されている(乙二二)。
(八) 平成七年二月、前記のとおり繰り返された原告からの技術者派遣要請に従って、被告は、中国人技術者をインドのバンガロールに派遣することを決め、この技術者である王啓は、同年三月下旬ころインドのバンガロールに到着して、現地子会社の従業員が作業過誤によって破損した本件機械セットの修理等を行った。しかし、本件靴下編機のうちの二台は部品が不足していて修理できず、そのうち、王啓は、待遇の悪さや現地の生活環境の悪さによって体調を崩し、帰国を希望したものの、原告から、王啓の読めない英文の文書に署名しないと帰国させないなどと言われ、内容もわからずこの書面(甲一五)に署名し、ようやく中国に帰国した(乙二九)。このような原告による処遇を聞いて、被告代表者山田は原告に対する不満と不信感を抱くようになった。
他方で、原告は、同年六月、被告の協力を得て、原告会社のバート・スキピオを中国の工場に派遣し、技術指導の方法等を探ったが、右スキピオは、そのころ、本件編機を製造していた中国の天津工場に対し、本件編機が購入できないかとの引き合いを出している(乙五一)。
(九) ところで、被告が買取る靴下の価格は、前記のとおり、当初は、一足一・二五ドルから一・五ドルと予定されていたが、その後、平成六年四月ころには、原告の要求に従って、円建てとされ、一足一五〇円となっていた(乙一一、乙一二)。しかし、原告は、平成七年三月ころ、さらにこの値上げを要求し、同年三月一三日に東京で行われた交渉の結果、被告も、靴下のデザインによっては、さらに一〇パーセントの値上げを認めてもよいと考え、この旨を表明するに至った(甲一四の1、2、乙二六ないし二八)。
(一〇) 原告の現地子会社従業員に対する技術指導は、前記のとおり行われたが、現地子会社の作業効率は遅々として上がらず、ようやく平成七年五月二五日ころから無地靴下の試験生産を開始できる状態にまで至った(甲四三)。原告は、生産準備の段階の平成七年五月二五日付で、要旨「原告は無地靴下の商業生産を準備しているので、被告がこれを受け入れるかどうかの返事を心から待っている」などとファックスして、この無地靴下を引き取ってもらえるかを被告に打診し(甲四四、乙三二)、無地靴下四〇〇〇足を生産した段階の同年七月一一日付の書面でも、これを一足一五〇円で引き取ってもらえるか検討して欲しいと要求したが(乙三四)、前記のとおり、無地靴下は市場性がないので、被告からは断られている。
そこで、原告は、同年六月ころから、スリーダイヤ柄の靴下の生産を開始し、同年八月末ころには、二五〇〇足のスリーダイヤ柄の靴下が製造できるから、これを一足一六五円で引き取って欲しいと被告に要求した(甲二六、乙五四)。これに対し、被告は、引き取る前提として、契約を締結したい、一回の引取量は、少量だと運賃、通関費用等を考慮すると、一足当たりのコストが高くなってしまうので、最低で一万五〇〇〇足としたいと回答した(乙三五)。
(一一) 平成七年九月ころには、前記のとおりスリーダイヤ柄の靴下の引取問題とともに、本件機械セットの修理問題が発生しており、原告からの補修部品の要求があまりに多いと感じた被告が、補修部品を割引価格だが有償とするので、以前の補修部品の代金を支払ってもらわなければ、新しい補修部品は送らないと述べたのに対し、原告は、これは無償で供給するべきであるとして紛争になっていた(甲五〇、乙三六)。なお、この文書による交渉の際にも、被告は、最大の問題は契約書が締結されてないことだと述べている(乙三六)。ところで、右補修部品の代金問題は、原告が、被告との交渉が決裂する直前の翌平成八年五月二四日ころ、代金一四万二二五〇円相当のドルを送金して支払ったので、ようやく解決した(甲二一)。
(一二) その後の靴下買取交渉と契約締結交渉
(1) 買取靴下の柄及び数量について、原告は、平成七年九月一五日付書面で、スリーダイヤ柄の靴下三五〇〇足、無地靴下二八〇〇足の積出準備ができているから信用状を開設して欲しいと要求したが(甲四五、乙五五)、その後、平成七年九月二〇日付ファックスにおいては、要旨「一足一六五円という価格が適用されるのはどの靴下か明示されなかったし、積出数量の明示もなかったので、原告は、いかなるタイプのいかなる数量の靴下であっても積み出しできるから、まず八〇〇〇足分の信用状を開設して欲しい」との要求をしながら(甲一六、乙三八)、他方で、同月二一日付ファックスにおいては、柄に言及せず、前日のファックス記載の数量の約二倍である一万五〇〇〇足分の信用状を開設して欲しいとの要求をし(乙五六)、また、同年一一月二〇日付ファックスでは「承認された模様でない靴下を積み出すことはしません」とも記載している(甲五一)。さらに、同年一〇月一六日付及び同月一九日付ファックスにおいても、やはり柄に言及することなく、一万五〇〇〇足を保有しているから、一足一六五円で一万五〇〇〇足分の信用状を開設して下さいとの要求をし(甲一九、乙五七)、同月二四日付請求書では、単に「模様入靴下」と記載して一万五〇〇〇足分の請求をしている(甲二〇)。このように、原告の主張は靴下の柄についてもその数量についても、必ずしも一貫してない。
これに対し、被告は、靴下の柄には言及してないものの、平成七年九月二〇日付書面において、一万五〇〇〇足の積出準備ができたときに信用状を開設すると回答し(甲一七、甲四六)、同月二一日付書面でも、最低一万五〇〇〇足の積出準備ができたときに信用状を開設すると記載している(甲一八)。
(2) これらの原告からの靴下買取要求の際には、原告から編み上げた靴下の見本の提示がなかった。被告は、たびたび見本を要求していたが、平成七年一二月ころ、原告の社長であるケリー・エフ・マーラーは、無地靴下やスリーダイヤ柄の靴下見本を持参したが、まだ商品性に欠けるものであったので、被告がさらに改良を要求したところ、翌平成八年三月になると、原告の現地子会社従業員の技術が向上したのか、再度来日したマーラーが持参したスリーダイヤ柄の靴下は、ゴム編み部分の仕上がりを除いては、ほぼ商品性を備えるに至っていたので、被告は、マーラーにその部分を改良すれば一万五〇〇〇足の靴下の引取りができると述べた。
(3) この間も、契約締結交渉は継続していた。まず、原告から平成八年三月一一日付で契約書案が送付された。この契約書案においては、柄に触れることなく、靴下代金は一足一七〇円とされており、この契約書に同意しないと現地子会社を閉鎖するとの趣旨の記載もされていた(乙四四の1、2、乙四五)。これに対して、被告は、同月一五日付で、契約書案の改定案を送付し、この中で、被告が引き取る靴下は被告が指定した商品に限り、価格は一足一五〇円、積出量は最低一万五〇〇〇足とすると記載し、買取る靴下を限定し、一回の数量を明記している(乙四六)。これに対し、原告は、同年四月一七日付で、再度契約書案を送付したが、この中で、靴下の価格について、無地・デザインとも一足一五〇円としたり、被告が引き取る靴下は被告が指定するデザイン及び配色のもののみで、価格は一五〇円としている(乙四七の1ないし4、乙四八)。
(一三) このように靴下買取交渉と契約締結交渉がされていたが、原告は、平成八年五月二三日付でファックスと共に契約書案の再修正案を送付し、この中で、要旨、この契約書案を発効させるためには、同年六月一五日までに、<1>信用状が開設されていること、<2>在庫の一万五〇〇〇足が積み出されていること、<3>稼働してない一〇台の機械が完全に稼働する状態になっていること、<4>二〇台の本件機械セットが被告のために靴下を生産していることが必要であり、これが満足されない場合は、工場を閉鎖するつもりであると記載した(乙四九の1ないし4、乙五〇)。なお、靴下の価格については一五〇円とし、同年六月一二日付でその内容の請求書を送付し、同月一五日前に信用状を開設するよう求めている(甲二九)。これに対して、被告は、右<1>と<2>については、契約書が締結でき、かつ、右在庫の一万五〇〇〇足の靴下が市場性のあるスリーダイヤ柄であれば問題がないと考えたが(前記のとおり、平成八年三月にマーラーが持参したスリーダイヤ柄の靴下は、ゴム編み部分の改良をすれば市場性があると考えられていたが、その後これを改良したとの見本提供がないのみならず、右平成八年五月二三日付ファックス(乙四九の1)の中で、原告は、同年三月初めから靴下を一足も生産してないと記載していたので、被告は、この一万五〇〇〇足が改良された市場性のある靴下かどうかに疑問を持っていて、この確認をしないと原告の要求には応じられないと考えていた)、<3>と<4>については、本件編機等の故障は現地子会社の従業員に責任があるが、とにかく修理をするにも時間が足りないと考え、同月一七日付書面で、契約書案に問題点を発見したので、代案を同月二五日に提案する旨を記載した(甲三〇)。しかし、被告が些細な問題点を探し出しては時間稼ぎをしていると考えた原告は、同月二五日付書面で、契約を解除するから、支払った売買代金等を返還し、損害賠償をするようにとの書面を送付し(甲二二)、同年一〇月二一日には、原告訴訟代理人から、二億一六九〇万円の損害賠償を請求する内容証明郵便を送付して(甲二四の1、2)、本訴に至った。
2 以上の認定事実は、原告主張事実と異なっている部分があるので、その点について補足して述べる。
(一) 原告は、靴下買取約束の契約書が作成されなかったのは、被告が、契約書の作成は二の次にし、了解事項覚書(甲三)のみで取引を開始しようと提案したからであって、原告は契約書の調印を望んでいたと主張する。
しかしながら、前記のとおり、被告は、本件機械セット輸出前の平成六年四月ころと同年六月ころに契約書案を原告に送付し、その後平成七年八月二四日ころ原告からスリーダイヤ柄靴下の買取を打診された際にも契約書を作成したいと要望し(乙三五)、同年九月六日付書面においても「最大の問題は契約書がないことだ」と注意を喚起しているのであって(乙三六)、この事実に、契約書案では、靴下買取期間が、契約書の「調印日より五ヵ年」とされていたので(乙五)、契約書の調印が遅くなれば従業員の作業習熟も進み、商品性のある靴下の生産が進むと考えられ、その点で原告は契約書調印を遅らせることに利益を有していたと考えられることを総合すると、契約書が調印されなかったのは、前記認定のとおり、原告が、靴下買取期間の始期を意識して、この調印を遅らせようとしたためであると認められるのである。
(二) 次に、原告は、被告はデザインの相違にかかわらず買取を約束していたと主張する。
しかしながら、被告がデザインの相違にかかわらず買取る約束をしていたとの主張については、被告代表者山田の供述及び乙六三(陳述書)には、被告が買取る約束をした靴下は、被告の指定する柄であり、これはスリーダイヤ柄であったとの供述及び記載があり、原告代表者ラオの供述中にも「(被告代表者から)ダイヤモンドが三つ並んだデザインを買う意向があるといわれた」との部分があること(同本人尋問調書九頁)、当初の被告からの書翰中にはデザインによって価格が異なるとの記載があり(乙三の2)、他方で、原告も、被告に対するファックスで、無地靴下を引き取ってもらえるか検討して欲しいとの趣旨の記載をしていること(甲四四、乙三二)、そもそも被告は、原告らが生産した靴下を買取ってこれを卸売りすることを営業としていたのであるから、被告が市場性があると考えた靴下でなければ、被告としては引き取れないと考えることが、経済的な合理性に合致すること、これらを総合すれば、被告がどのような柄であっても、生産された靴下を引き取る約束をしたということはできないのであって、採用できない。
(三) さらに、原告は、被告はデザインの相違にかかわらず「同一価格で」買取ることを約束していたとも主張する。
しかしながら、靴下の価格については、前記契約書案(乙五)やこれを補完する書翰(乙三の2)によれば、デザインによって価格が異なると明記されており、デザインの相違にかかわらず同一価格であったとは認められない。
また、原告は、月三万足の生産は期待できず、製造原価が高くつくので、原告の要求により、平成七年三月一三日、原告と被告は靴下価格を一足当たり一六五円と合意したが、この際に、この価格は新デザイン靴下に限るとかの話しは出ていないとも主張する。
確かに、同日付の議事録(甲一四の2、乙二六、二七)の記載は、右原告主張のとおりに読める。しかしながら、被告は、その一〇日後の同月二三日付書面(乙二八)中で、一六五円は被告がデザインによってその都度決めるとの趣旨の記載をしているところ、これに対して、原告が異議を述べた形跡はなく、かえって原告は、同年七月一一日に無地靴下の買取を打診した際、その価格を一五〇円としていて(乙三四)、平成七年一一月三日には、原告と被告との間で、再度価格が一五〇円か一六五円かの議論がされている(乙四一、四二の議事録)ことも考えると、右平成七年三月一三日に、原告と被告の間で、靴下代金を、デザインにかかわらず、一足一六五円とするとの合意が成立したとまでは認めることできないのである。
(四) 最後に、原告は、本件機械セットは、バンガロールで梱包を解いた段階で、すでにひどい錆等が発生していて、粗悪品であったと思われるとの趣旨の主張をしている。
しかしながら、被告代表者の供述及び乙六三(陳述書)には、このような事実を否定する供述及び記載があるところ、原告代表者は「本件機械セットが良好な状態で機能し操作できること」を確認する文書(乙一八)に署名していて、同文書中に、機械の訓練については一部が実施された等の書込を自らしているにもかかわらず、本件機械セットの錆には全く触れてないことから、甲四一の写真の存在や原告代表者の供述等を考慮しても、この原告主張は採用できない。
3 以上の認定事実によって考えると、
(一) 本件靴下買取約束は、原告主張のとおり、本件機械セット売買契約と表裏一体の関係にあったものであって、言葉を変えていえば、本件機械セット売買契約の要素をなしていたものということができる。ところが、被告は、原告の再三の要求にもかかわらず、原告が生産したと主張する靴下の買取代金相当の信用状を開設しなかったことは前記認定のとおりである。
しかしながら、被告は、本件では、被告が靴下を買取る前提である契約書が作成されておらず、かつ、原告が買取を要求した靴下の柄、品質、市場性も明確でなかったのであるから、被告が原告の買取申出に応じなかったことは、被告が約束違反をしたことにはならないと主張している。
(二) しかして、前記認定事実によれば、原告と被告との間には靴下買取に関する契約書の調印がされなかったものであり、そのため、被告が買取る靴下はスリーダイヤ柄であることが、ほぼ原告と被告間の合意事項になっていたにもかかわらず、当時作成されていた書面上は、被告が買取る靴下の柄は決まっておらず(甲三、甲四)、靴下の単価、一回の船積量などの詳細も定まってなかったものといわざるを得ない。ところが、このような状況のもと、原告は、被告に対し、当初は無地靴下の買取を打診し(乙三四)、その後少量のスリーダイヤ柄の靴下と無地靴下を併せて買取るよう要求し(甲四五、乙五五)、さらに、原告の考えでは、無地靴下でも柄物靴下でも被告に買取義務があるとの趣旨の書面(乙三八)を送付した後、柄には言及せず被告主張の数量一万五〇〇〇足の靴下の買取を要求し(乙五七)、平成八年三月ころ、被告にスリーダイヤ柄の靴下を提示して、改良すれば市場性があるので買取ると言われた後は、この改良した見本を提示することなく、また、同年三月からは一足も生産してないと書面(乙四九の1)に記載しながら、ダイヤモンド柄の靴下が一万五〇〇〇足在庫となっているから買取るようにと要求していたもの(甲二九)であって、このような短兵急な要求に直面した被告が、右原告が生産したという靴下の柄が、スリーダイヤ柄であるかどうか、その仕上がり具合(市場性)はどうかなどを確認しない限り、この要求には応じられないと考えたのは、至極当然のことであるといわざるを得ない。
そして、被告は、原告から補修部品の代金もなかなか支払ってもらえない状況もあり、原告との契約解釈に関する相違を埋め、相互の不信感を払拭するため、契約書を作成しようとして努力していたのであって(例えば、乙九ないし一二)、原告においても、平成八年に入ってからは、この努力はしたものの、原告はこの努力を途中で放棄して、平成八年六月二五日付の契約解除の意思表示に至ったのである。
この契約解除意思表示に至るまでの期間は、当初の本件機械セット売買契約が平成五年一二月一七日に締結されているから、この時点からみれば相当の長期間であるといわざるを得ないのであるが、靴下買取の観点からは、市場性を具備しそうなスリーダイヤ柄の靴下が生産されるようになったのは平成八年三月のことであって、この最終的な改良に要する時間を考え、他方で、当時は靴下買取に関する契約書が作成されておらず、書面上は、被告が買取る靴下の柄、一回の船積量など重要な事項の合意が成立してなかったことを考えると、この契約書作成のための交渉を、平成八年六月二五日に打ち切ってしまった原告の判断は、いかにも拙速であったと考えざるを得ない。
結局、被告が原告の買取要求に応じなかったのは、本件の右事情のもとでは、正当であったといわざるを得ないのである。
4 以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
四 よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 佃浩一)